2006年08月18日

思い出作り。

 今日はおなか下してません。
よかった〜。下痢は体力を奪うようで、なんかくたびれちゃってたんですが、体調が悪くなるバッド(下向き矢印)と気持ちも悲観的になってきます。かといって休養をとろうと数日家に引きこもっているとまた落ち込んでくるし。体調が良くなるグッド(上向き矢印)とこの体調がもったいなくて、遊びに行きたくてうずうずします。面倒だな〜と自分でも思います。

 スキルス胃がんで退院して、とても落ち込んでどうしていいか分からなかった頃、信頼の置ける友達数人にメールしました。なるべく正直に病状、本などで調べた生存率まで書き、貴方ならどうする?仕事続ける?退職して旅行したりして遊ぶ?などという訊かれた方が迷惑な質問を書いて送りましたふらふら

 皆悩みながらもいろいろと真剣に考えて返信をくれました。
その中で、思い出作りをして下さい、って書いてあるものがありました。思い出作り?なんだか不思議な感じがしました。思い出っていうのは生きている人が思い出すものでしょう?死んでしまっては思い出すことも出来ません。これはやっぱりこれからも生きていく人の発想なのかな?って思いました。 

 でも私は思い出しました。もう20年ばかし前ですかね、タニス・リーの「銀色の恋人」って本。ロボットが主人公の人間の女性と恋に落ち、魂を得るんです。ネタバレだけどいいかなあ?最後ロボットは破壊され、でも宿った魂は天に(天とは書いていなかったけど)上るんです。で、降霊術を通して彼女に話します。マタ会ウデショウ。

 彼女はたくさんの経験をつんで、いつか彼に会うときに、おみやげ話のようにして持っていくのだ、と考えます。

 ☆学び、成長し、経験を積んで、いろいろなものを見、聞き、真実や友情を集め、かれのもとへゆく飛行艇に乗りこむときには、それらをみんな贈り物のように持ってゆくのだ。  井辻朱美 訳☆

 私も、あっちにいる大切な友達や、祖父母、叔母たちにいっぱいのおみやげ話を持っていくために、これからもたくさんの経験を、それも出来るだけ楽しい話がしたいから楽しい経験を重ねて行きたいと思います。

 これが思い出作り、なのかな猫
posted by よぎょ at 21:13| 大阪 ☁| Comment(11) | TrackBack(0) | 心・思うことなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
思い出つくり・・いい言葉ですね。

思い出をつくるって一生懸命生きることだと思います。
その延長線上に死があって、(よく死ぬことはよく生きることだ)と永六輔だったか誰かよく覚えていませんが、うまいこと言うなぁと感心したことがあります。

よぎょさんはとっても楽しい思い出つくりされているなぁって思います。それを一つ一つ積み重ねて長〜く繋げていきたいですね。
Posted by ミモザ at 2006年08月19日 01:26
おはよー♪

今朝は、次男が介護福祉士の国家試験対策に和歌山市内まで行くため、もよりのJR駅まで送ってきました。
我が家は南海高野線沿い。難波に出るのも和歌山に出るのも同じくらいかな。

今年受験生で、彼の希望は理学療法士なので、介護福祉士の国家試験まで 受験は無理かも・・・と思ってました。勉強大変なんですよ。なぜなら・・・
次男は、小3から中2まで不登校だったんです。基礎的な学力をつける時期ですよね。
まぁ、5年半の期間はつらくなかったといえば嘘になりますが、その分、得る物も多かったかな??
この話を書き出すと 明日までかかるのでこのへんで。お聞きになるご覚悟が おありならお話しいたしますぞ(笑)

思い出づくり・・・
そうですね。下を向いて、自分の世界に閉じこもってたら 思い出なんか出来はしない。
肉体は病気であろうとなかろうと、健康な精神・・・というか、柔らかい感性を 持っていたいな。
美しい物を美しい。、美味しい物を美味しいと。感謝。感動。
それらを味わえる健やかな心。
susuさんみたいに なれるだろうか?
気づいたから いけるかも!!!

でも時々、「ふにゃ」ってなるsusuさんが、私は好きなんですが・・・
私なんか、年がら年中ふにゃふにゃですわ。


Posted by 律子 at 2006年08月19日 08:50
よぎょさん、おはようございます
良い思い出作りについて。、
私も病気発覚でどん底を経験した一人ですが、
ほんとに友人、医療者、家族に励まされ、再び新たな命を頂いた気がしています。
そしてこれからは、折角再び頂いた命、ただ生き長らえるだけではもったいない!
少しぐらいは役立てたいと考えました。
といってもなかなか立派な事は出来ませんが、
今心がけている事は、
 1出来るだけ病状を悪化させないように健康に気をつけて元気に暮らし、「重い病気になっても、絶望しなくてよい」と、立証して見せる事。
 2身の回りの用事はなるべく快くして、自分の存在が重たくならないように心がける事などです。
と言う事は、出来るだけ普通に暮らすと言う事ですかね。
あちらの方々は今も空から「慌てて来なくてよいよ!!」と、応援してくれているはずです!!

Posted by めぐみ at 2006年08月19日 11:30
「人は、生まれた瞬間から死に向かって生きている」「だから、今をしっかりと生きる」
こんな言葉を聞いたことがあります。

沢山の人の最期を見てきたけど、自分はどんな最期になるんだろうか?ってふと思いました。

最期の時間は分かんないけど、
出来る範囲のやりたいことをしたいなぁ〜って
思っています。




Posted by いのこ at 2006年08月19日 14:39
よぎょさんの『思いで作り』を読んで、とても考えさせられました。
でも、すぐにコメントが出来なかったんです・・・。

私が、まだ新米の患者で、考えても答えが出ないでいるからなんでしょうね。
正直に言っちゃうと、私いまだに、すっきりしてないんですよ。

でも、考え方を変えて・・・
こういうテーマを皆が考えるって事にとても意味があるのかなァ・・と思います。
よぎょさんが投げかけてくれたテーマに、ミモザさん、律子さん、めぐみさん、いのこさん・・が、考えて書込みしてくれて、それを読んだ人がまた考える。
答えは出ないかもしれないけれど、多分正解なんてないと思うけど、皆で考えるって事がとても大切なのではないかなァって。
もしかしたら、自分の『死』を意識した人だけが、真剣に考えられるチャンス(?)を与えられたのかも知れません。
私は、それを大事にしたいと思います。

私が今考えているのは、
『最後の時』に、「いい人生だったなあ・・みんなありがとう」って、言える自分でいたいなあってことです。
Posted by ポワン at 2006年08月19日 20:17
ポワンさん、そうですよね。この話題、私も一瞬 とまどいました。
今の私は、これからの自分の病気にそう真剣に向き合わなくてもいいと言われています。

しかし、以前の元気な頃の私とは 違うこと。
命には限りがある、そしてそれは、いつ誰に訪れるか分からない・・・そう、思っています。

私、自分の病気がわかって、最初の告知の時、肝臓に陰が見られて、これが転移なら、もう・・・ってかんじで言われました。

その時、まず最初に思ったのは、子供達のことでした。
前出の通り、特に次男には不登校の過去があり、自分の子育ての失敗も身にしみていたので、本当に取り乱しました。
でも、少し経って
「そうだ、私はもうあの子達に 最低限言わねばならぬことは、伝えてあるはず。」と思いました。
嘘みたいですが、そう思うといっぺんに気が楽になりました。

その次は、前にも書いたけど、術後目が覚めて、身内も帰り、夜中になって麻酔が切れ、本格的に痛みが来たときの
「そうだ。本当に病気と向き合い、戦う時は自分一人なんだ」という思い。
それは、絶望なんかではなく、両足にグッと力が入った瞬間でした。

上手く言えないけど、ある意味 過去の自分を認め(専業主婦でしたから、ほとんど子育てにしか目が向いてなかったので、その子育てを自己肯定出来たことは 大きいです) 次に、病気と向き合うことによって私という個としての自覚を持てた瞬間だったように思えます。

私自身、なにも成長できてないなぁと落ち込むことも多いし、ここの仲間には甘えっぱなしですが、この2点だけは、自分の収穫だった気がします。
susuさんのようには なれないけど、その時々の自分を、真正面から見られるようになったとは、思います。


ごめん、susuさん!また、長くなったよ(ペコリ)
Posted by 律子 at 2006年08月19日 21:32
ミモザさんこんばんは〜。
「生きる事だけがあって、死はないのだ」って言い方もあって、なるほどなって思います。

楽しい経験をたくさんつなげて、電車の連結のようにして、いつか天に昇るとき、長〜い長〜い電車に乗って行きたいと思います。
まだまだ昇らないけどね!!
Posted by よぎょ at 2006年08月19日 23:45
律子さんこんばんは〜。
毎日忙しそうですね。体調はいかがですか?

不登校…多いみたいですね。私の知人にも複数あります。私は極力「がん患者の気持ちはがん患者にしか分からない」って言い方はしたくありません(思うことはあるんだけど…)。そうやって扉を閉じてしまったら、そこからは何も生まれないから。
それに、自分が不幸の代表選手とも思いたくないし思わない。人生においてしんどいことは、自分の病気だけではないから。

私には重い病気の兄弟はいないし、子供もいない。だから律子さんのしんどさはたぶん本当には分かっていないのかもしれません。でも想像はできる。独りよがりかも、ですけど。

立派になった次男さんのように、弟さんの病気も、あの時は大変だったなあ〜って笑って振り返ることが出来ますように!!!
Posted by susu(よぎょ) at 2006年08月19日 23:59
めぐみさんこんばんは〜。
がんを体験した人は、普通の暮らしを生き生きと送っているだけで、同病の方や患者家族の方に希望を与える事ができるのだと思います。

そうですね、周囲に普通に扱ってもらうには、こちらの姿勢が大切ですよね。腫れ物に触るように扱われる…と思う時って、案外患者側にも原因があるような気がしますね。

あちらの方々、待っていてね。あと50年位したらぼちぼち行くからね!!
Posted by よぎょ at 2006年08月20日 00:06
いのこさんこんばんは〜。
私も自分の最期の事は考えます。だってやっぱし全然考えない訳には行かないですよね。痛いのはイヤだな〜とか。

いのこさんは私なんかよりずっと前向きにがんばってらっしゃいますよね。この調子で!!でも無理せずマイペースで!!応援しますよ〜。
Posted by よぎょ at 2006年08月20日 00:12
ポワンさんこんばんは〜。
私だってぜ〜んぜんスッキリなんてしてないですよ〜。最初「思い出を作ってください」なんて言われても、違和感いっぱいだったんです。これからも生きていく人が、私を思い出すために、思い出をつくるのかな?って。

でも、いろいろ旅行に行ったり友達に会ったり買い物したり映画を見たり美術館に行ったりサーカスを見たり芝居を見たり…楽しい経験が積み重なって来ると、体の中に楽しい事が満ちてくるのが分かるんです。

これが、思い出を作ったってことなのかなあ〜って思っています。

私もさいごのときには、「あ〜面白かった」って言いたいな。
Posted by よぎょ at 2006年08月20日 00:20
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